ミウラ最大のイノベーション SQボイラ誕生ストーリー (3/3)
SQ缶体の開発
Q:様々な困難を乗り越えて今のSQバーナは誕生したのですね。その一方、ノンファーネス®タイプのSQ缶体の開発経緯はどのようなものでしたか?
茅原:
先ほど話した通り、燃焼室のないノンファーネス®缶体というコンセプトは保さんの原始的な発想力から始まった。当時MIRD(三浦研究所)にいた田中収さんが熱計算を行ってくれたが、彼は火炎と水管のダイレクトな接触、千鳥配列の水管、高温領域でのフィン管の導入など、これまでとは違う諸条件での熱計算を見事に解析してくれた。
田井君(現・舶用技術統括部所属)が設計・製造リーダを担当し、池田君(現・環境技術部長代理)、中井君(現・舶用エンジニアリング部長代理)が缶体設計を、三浦君、樋口君が実験担当として頑張ってくれた。ノンファーネス®と言いながら、バーナ面と第一列目の缶体にはわずかな空間が設けられている。燃焼反応論がご専門の愛媛大学の日高先生によれば、燃焼反応は10~20μsecで完結するため、これだけの空間で十分であると私は考えている。
SQの開発時初期には排ガスの一酸化炭素(CO)が高くなる状況が続いたため、中井君の発案により、抜管領域が設けられた。SQ缶体の4~5列目の水管を数本なくして、そこでCOを完全燃焼させるというアイデアであった。これにより確かにCOは下がったしそれに対する燃焼反応のシミュレーションも成立したのだが、色々な対策の組み合わせの結果だったため、この空間がCO低減にどれくらい寄与しているかは私にはわからない。
あとは、缶体中の熱回収向上のために缶体中段の高温ガス領域に高周波エロフィンパイプを採用した点も画期的であった。これにより、わずか7.44m2という伝熱面積で2トン/hの蒸発量をのちに達成することができた。これには高度な製造技術が求められたが、武田知久君(現・R&D統括部所属)がイタリアで性能の良い高周波溶接機を見つけてきてくれて、これを製造することが可能となった。当時は大きな投資だったが、いまではなくてはならない重要な製造装置となった。
渡辺:
武田さんはコルゲートバーナの波板を作るための成型機を開発したり、MXセラミックバーナの自動成型機をつくったり、本当に安く安定したモノづくりの功労者でしたね。
茅原:
そうそう。こういう人にこそ光が当てられるようになってほしいと思うな。
渡辺:
一方、缶体の内側、すなわち水挙動の設計は茅原さんでないとできませんでした。
茅原:
先ほどの料亭の紙鍋の話のように、水管内に水がある限り空焚きになることはない。ところがむやみに水位を高くすると蒸気の品質(乾き度)が低下してしまう。また、SQ缶体の場合、前方と後方で蒸発量が大きく違うため、前方から後方に向かって大きな流れが形成される。この水挙動も実はボイラ缶体の腐食防止に大きく影響する。そういう意味で、ボイラ缶体内部の水挙動をシミュレーションすることはとても大事なことだった。
水挙動計算は、計算プログラムを使って行った。今でも計算プログラムは使われているだろうが、はたして手計算で熱計算や水循環計算ができる設計者はどれくらいいるだろうか?基礎的な理論計算は自分の手でしっかり勉強して血肉としたうえでこうした計算プログラムを活用する、ということを若い人たちは知っておいてほしい。
SQボイラついにリリース!
Q:ノンファーネス®缶体と大型予混合コルゲートバーナは本当に素晴らしい出会いだったわけですね。これを色々な開発案件を抱えながら作り上げたことには尊敬しかありません。そのほか、SQ開発に当たっての思い出はありますか?
渡辺:
今考えると次々に技術的な壁が出て来てはそれを乗り越えるという連続だったと思います。燃焼関係でいえば、低燃焼から高燃焼に移行する際の失火、燃焼不良というのも大きな課題でした。ここに、シーメンス製の比例バルブを採用して、燃焼移行時に空気比がずれないようにしたのも大きかったです。
茅原:
ウインドボックス内の燃料ガスとエアの混合部も渡辺君のアイデアだったよな。あれは素晴らしい形状だったよ。あの技術は現在NASAのロケットでも水素と酸素を混合されるのに使われているが、多分SQのほうが先だったと思うよ。
渡辺:
燃料ガスとエアの混合は燃焼性に大きく効きましたからね。あれは実は自動車のキャブレターから発想したんです。子どものころ親父が車の点検や修理をしていたのを、隣でよく見ていましたから。
茅原:
こうやってSQが出来たとき、それを聞き付けた関西のガス会社さんがすぐやりましょう!と言ってくれて、京都リサーチパークにモニタ機を導入してくれたんだ。多缶設置を前提としたこの新ボイラシステムは、日経新聞で名称を公募し「Zジョインター」という名で1990年6月に発売開始となった。
渡辺:
私はSQが発売になった時の茅原さんの商品戦略に感銘を受けました。茅原さんはこのボイラを角形のケーシングで囲い、密着設置して販売することにこだわりました。こうすることで、お客様は大きく省スペースできるわけですが、その結果他社のボイラへの入れ替えが大変困難になります。数台のSQボイラが密着して設置されているとしたら、仮に中央のボイラを別のボイラに入れ替えようにも、隙間がなくて入れ替えられませんから。
茅原:
そうだったな。私の理想は、ボイラがパネルみたいになって、壁の一部になるくらい目立たない存在になることだった。ボイラ自体が目立たない存在になり、メンテナンスもフリーで、そこにあることが意識されないような状態にするのが理想だった。こうした考えは今でも通用するのではないかと思う。
後進の皆さんに伝えたいこと
Q:SQはその後、1トン/h、2トン/h、2.5トン/h、3トン/hと容量をアップしていき、通算販売台数が4万台(2022年9月時点)を超える大ヒット商品となりました。米州、アジアにも展開され、ボイラ効率が100%を超えるものや伝熱面積30m2の7トン/hボイラもラインナップされるに至りました。まさに保さんの夢見た「これぞガス焚き!」と言えるボイラになりましたね。
あれから30年以上経ちましたが、お二人から後進の皆さんに伝えたいメッセージは何でしょうか?
渡辺:
昨日妻に「明日久しぶりに茅原さんとお話しするんだ」ということを伝えたところ、「あなたはこれまで本当にいい上司に恵まれたわね」と言われました。実は茅原さんが部長として来られる前、私は多忙とプレッシャーにより一時体を壊したこともありました。しかし、茅原さんは現場に足を運び常に的確な意思決定をされましたし、一人ひとりをよく見てくれて適切な評価をされましたので、やりがいと自信をもって仕事をすることが出来ました。また、会社や商品のあるべき姿について夢をもって一人称で語ってくれました。今の上位役職者の皆さんにはぜひ見習ってほしい点です。
茅原:
そうだな。不具合・クレーム対応というのはしんどい面もあるが、実際は技術的にとても成長する機会になるし、抜本的かつスピーディに解決するというのは大きな成果だ。こういう地味な仕事を上司はしっかりと評価しないといけない。そして経営層にはこうした技術部門の働きをその目でしっかり見てあげて、リスペクトしてほしいと思う。
渡辺:
若い技術者の皆さんには「技術者の人生は楽しいよ」ということを伝えたいです。SQの開発時に味わいましたが、具現化するために自分のアイデアが形に出来たときはこの上ない喜びであり、私にとって一番の働きがいでした。そのためには自分の考えとアイデアを持つことが大事です。自分の考えを持つためには、色々な人と触れ合い、議論し、学び、その上で自分自身の考えを確立することです。私のアイデアの源泉は5ゲン主義から来ています。「現場・現物・現実」に「原理・原則」を加えます。視て、考えて、実践するということを繰り返すことです。皆さんには今後SQを超えるようなイノベーションを起こしていただきたいと思います。
茅原:
SQの開発を始めようとした際、社内の全員が反対した。ところが、これがモノになった途端色々な人が「おれが、おれが」と自分の手柄を主張しだした。実際はこれを強い意志で成し遂げたのは三浦保さんに違いないのだが、保さんは「これでいいんだ。こうやってみんなが自信をつけてくれれば、最高のOJTじゃないか。」とおっしゃった。この言葉に私は感銘を受け、その後の私自身の教育方針にもつながった。上司がおぜん立てして部下に花を持たせるという考え方は、役職者の皆さんには参考にしてほしい。
最後に若い設計者の皆さんへ。本当にやってみたいアイデアがあった時、仮に上司が反対してもやり続けてほしい。これこそが、設計者のやりがいだからだ。しかし一人では何もできないので、仲間を作ることが大事だ。数名の仲間を巻き込んで実際にやってみることだ。理想論を語るより実行すること。そして応援してくれる役員や社長を見つけること。
一方、そうしたアイデアを生み出すためには、世間をよく見なければならない。そのためには社内の人間関係だけではだめで、他社や他業種の人たちと交流したり意見交換したりして、自分自身のセンサを鋭く働かせ、感動することが大事である。感動がないといい構想設計は出来ないものだ。皆さんのご活躍を祈念する。
訂正履歴
記事中の抜管の発案者に関する情報に、話し手の記憶違いによる誤りがあったため、事実確認の上訂正しました。 (2023/10/4)
訂正前:
SQの開発時初期には排ガスの一酸化炭素(CO)が高くなる状況が続いたため、田中収さんの発案により、抜管領域が設けられた。
訂正後:
SQの開発時初期には排ガスの一酸化炭素(CO)が高くなる状況が続いたため、中井君の発案により、抜管領域が設けられた。